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マンスリー上次さん10月号

TOPICS | 19.10.01

同じ清里に住んでいても考え方の違いで見えるものが違ってきてしまう。見えるものが違うと判断も行動も変わる。目指す目標も、日々の小さな物事に対しての判断も変わる。世界が平和で戦争なんてない方がいいとすべての人が思っているのに、なぜ世界中で争いがなくならないのだろう。私たちの住む地域だってそうだ。中部自動車道の賛成反対、太陽光発電の自然破壊に対しての考え方の違いなど。

私のことを振り返ると、20代の時、50代の時、そして古希になった今とではモノの見方は変わる。そんな中で今清里の事を考えると、分水嶺にいるように思えてしまう。世界で一番素敵なふる里を作れるのか、廃墟が並ぶゴーストタウンになるのか、そして私に出来る事は何か。見えていたりわかっていても、実行出来ることと出来ないことがある。一人で出来る事、みんなの力で出来る事、条件を整えないと出来ない事。その時々の役割に合った自分の実力をつけておかなければ決して実現はしない。わかっていても急にはそこまで到達できない。コツコツと地道にやり続け、時間をかけ、やっと手に入れることができる。その過程ではいつでも現実と理想の狭間で、自らが苦しむ。だからその先頭に立つ人達は、忍耐強くなければ出来ないと思う。

人間は本当に複雑な思考をする生き物だと思う。生まれて来た時はたぶん皆純粋だったと思うのだが、少しずつ善と悪を身に着けてく。そして「感情」というコントロールしにくいものが生まれてくる。常識とか良識ではわかっているのに、人を犠牲にしてまでも、傷つけてまでも手に入れようとする。私自身、今の萌木の村の姿を作る為に何ヶ所かの土地を手に入れた。住んでいる人に移ってもらうこともあった。私の欲望の強さである。理想を求めることは犠牲が伴うのである。私の生きてきた事、やってきた事はすべて過去だ。そして今も10年後ですら20年後から見たら過去の出来事になる。だからなるべく長く、未来の人たちに役立てるような考え方で判断行動したいと最近思うようになってきている。

萌木の村にはオルガンビルダーの脇田直樹さんという方がいる。オルガネッタという手回しオルガンを作っている。一つ一つ部品をすべて手作りで作業している。一つの物を作り上げるためには、それを組み立てる部品の一つでも欠陥があれば完成しない。「清里」という作品も、「萌木の村」という作品も一つ一つの個の集合体としての作品だと思う。脇田さんのオルガネッタには彼の哲学が宿っている。私たちの博物館にあるリモネール1900というすばらしい大きな自動演奏楽器がある。120年前に作られたリモネールは、今も脇田さんの管理の元すばらしい演奏をする。脇田さんのおかげと私が言ったところ、彼がこう言った。「最初に作った人が100年、200年後でも耐えられるように最初からしっかり作ってくれていたからだ。最初にその想いがなければ今はない。」もちろん脇田さんに修復をする知識と技術があるから出来ることだが、そんなことが続けられるような生き方をしている人を私は尊敬する。でも私はそこまで強くない。昔の人はすごい。300年、500年前の建物や遺跡が残って今もそこに住む人たちに役立たれている。京都などがそうだ。では今の我々がやっている事で100年、200年後に人様のお役に立てることをやっているのだろうか・・・。そんなことを考える今日この頃である。