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萌木の村マガジン

「お客さんとの距離が近くて、楽しかったな」ーROCK50年の歩み⑤ 清水勝

2021

Jun

22

萌木の村アーカイブ

ROCKの歴代店長へインタビューをする、「ROCK50年の歩み」。前回は石原清に話を伺った。4回目にしてようやく明確な店長から、当時のお話を伺うことができた。第5回目は、ROCKのカレーに欠かせないサラダのドレッシングを考案した清水勝。「この人について知りたい」という感情に駆り立てた舩木上次について、当時のROCKのカレーなどについて伺った。

ROCKに来たきっかけ

―ROCKが50周年ということで歴代店長に取材させていただいていますが、よろしくお願いします。

 俺も白倉さんと一緒でね、ROCKで働いていたとき、店長やっていないんですよ。俺のときは、田中実さんっていう人が店長でね。俺はアルバイトのシフトを組んだりしていたから、お店のナンバー2の立ち位置だったんだよね。ナンバー2になったのは、先に働き始めた人が入れ替わりで辞めたからってだけなんだけどね。

―そうなんですね(笑)。当時の関係者に事前に話を伺って、清水さんは店長だと聞いていたんですが違うんですね。でも、当時のことを知っている方だと思うので詳しくお話を聞かせください。改めて、何年からROCKで働いていたのですか?

 1979年から1982年の3年間ですね。石原さんと入れ替わりでROCKで働き始めた。石原さんとは一緒に働いていないけど、入れ替わりの頃だったから面識はあるんだよね。

―どうして3年間だったんですか?

 最初から3年で辞めようと決めていた。「石の上にも3年」ということ。元々、地元の小淵沢で喫茶店をやろうと思っていたから。そこで学んで、次に生かそうと思っていたんだよね。でも、ROCKで働こうと思ったのは、同じ高校の先輩である(舩木)上次さんを知りたいというか上次さんに憧れがあったからですね。お客としてROCK行っていたときに石原さん、淳さん、良くん、他、スタッフの、「いらっしゃいませ」の笑顔がたまらなかったですね。ROCKが好きで、お客さんが好きで、清里が好きで、スタッフ一同誇りを持って楽しく働いている様に見えました。

「知りたい」と思った男、舩木上次

―どうして知りたいと思ったのですか?

 上次さんが面白い人だと思ったのか、人間性に惹かれていたのか、野心を感じたのか・・・うまく言えないけど、とにかく知りたいって思ったんだよね。

―推測ですが、若い頃ってカリスマ性を持つ人に憧れを持ちやすいのかなと思うんです。自分もカリスマ性のある人に惹かれるという感覚はありますね。そんな知りたいと強く思える舩木社長は、清水さんから見てどのような方ですか?

 バイタリティがすごい人だね。それでいて大ざっぱなところもある。例えば、俺がいた頃の上次さんは萌木の村全体を見て回っていたから、ROCKには忙しいときに来ていた。それで、皿洗いをお願いすると、お皿の表は洗うんだけど、裏は洗わずにすすぎのシンクへ入れちゃうんだよね。それで俺とか他の人が、「あとは自分たちがやるんでもういいですから」って、出しちゃうこともあったな(笑)。

あと、「俺はこれをやるんだ」と言えば必ずやる人なんですよね。色んな計画を立ち上げるし、野心と言ったらおかしいけど、自分の夢にまっすぐ突き進むのがすごい。こうしたいっていう考えでコツコツやっていって、やっていくうちにだんだん上を見ていく。ある程度のところまで来るとさらにその上を目指していく。それが無限に続いていくんだよね。それだけもっと良くしたいって向上心を常に持っている。上次さんは自分じゃなくて、お客様や会社を第一に考えていて、本当にすごいと思う。俺の人生で出会った人の中で、3本の指に入るくらい出会えて良かった人だな。

―強い憧れを持った舩木社長にまつわる思い出の話とかありますか?

 ROCKで働いていたとき、レジの下にROCK営業許可証があったんだけど、その裏に上次さんの言葉が書いてあったんですよ。上次さんが大学を中退して清里に帰ってきて、「我、人生に目覚める」そんな感じの言葉が書いてあった。正確になんて言葉かは思い出せないけど、心にじんと来る、「おっ⁉」と思うようなね。その言葉を見て、より上次さんを知りたいと思ったね。ただ、上次さんは知りたいと思うけどなかなかまねできない憧れの人だな。

ROCKの忙しさ

―ROCKで働いていたときの話が少し出たので、当時の様子について伺います。清水さんが働いていたときは、ちょうど清里ブームにかかる頃でしたが、働いていたときの印象的な思い出はありますか?

 夏はとにかく忙しかったってことだな。お店の営業時間は大体、朝の8時か9時ぐらいから夜12時まで。人数はホールが3人、厨房に6人が基本で、忙しい夏はアルバイトの人が数人入って、十数人でお店を回していたの。初代のROCKは60席ほどだったんだけど、開店30分で満席になるほど忙しかったな。1番多いときで1日に1200人ぐらい、20回転した日もあった。その時の売り上げは120万円ほどだったと思う。でも次の日が、売り上げ80万円で「今日は暇だな」って思う。それぐらいの忙しさだったね。

―20回転ですか⁉とても忙しいですね。他に何か思い出深いことはありますか?

 お客さんとの距離が近くて、楽しかったな。ROCKで働いている時に、中抜けが2時間あって、その時間で清里周辺を案内するなんてことがありましたね。会社の車でお客さんを案内するなら、燃料代を会社の経費にできたの。お客さんを乗せて、いろんな所へ行きましたね。ホテルに泊まりに来ていたおばあさんに理由は分からないけど気に入れられちゃって、俺が休みの日に白樺湖とかをドライブしたりしたな。後は東京から来た女子大生と、飯盛山へドライブしたね。

飯盛山へ女子大生とドライブに行った写真。一番左は舩木良。

―休憩時間だけでなく、休みの日にも案内したんですね。それはお客さんからガイド料をもらって案内していたわけではないですよね?

 そうだよ。案内することが楽しいんですよ。案内する俺たちも楽しいし、お客さんも喜んでもらえるし。

上次さんは、「顧客を作れ」ってよく言っていた。リピーターが増えて、1番うれしいのは自分が仕事している目の前に座ってもらうこと。カウンター席があったんですよ。それで、皿洗いしているなら皿洗いしている目の前に座ってもらう。ホットサンド担当ならホットサンド作るところの目の前に座ってもらうという風に。自分の仕事をしている目の前の席に座ってもらえたら、「こんにちは」ってコミュニケーションとれる。そういうのがうれしいよね。

―当時も夏は相当忙しかったようですね。当時スタッフはたくさんいたんですか?

 夏は多かったね。県内各地、全国各地から清里で働きたい人がROCKに働きに来てました。当時はスタッフに恵まれていました。みんなROCKが好き、清里が好きで働いていましたね。みんな個性があって最高でしたよ。

―夏のお話を中心に伺っていますが、逆に冬の時の思い出は何かありますか?

 冬は異常に暇だったかな(笑)。やることと言えば、薪をとにかく割ったり、萌木の村ができる前後で働いていたから萌木の村の柵や階段を造ったりしていた。建設業者の所に1週間泊まり込みで、萌木の村の建築物に使う資材の加工をしたこともあった。

カレーとドレッシング

―話は変わりますが、清水さんはROCKの厨房で働いていましたけど、その頃からROCKのカレーは、1皿にカレーとサラダが盛られているという現在の形と変わらなかったのですか?

 それはもちろん今と変わらなかったですよ。皿にカレーとキャベツ、レタス、トマト、キュウリ。で、カレーにレーズンバターが乗せてあった。

カレーに関しては1日中仕込みっぱなしでしたね。あとはサラダ用のキャベツも10~15キロ毎日千切りしていましたね。当時は機械なんてないから、全部手作業で切っていましたよ。

―そうなんですね。カレーのレシピについても現在と変わらないのでしょうか。

 変わらないと思う。レシピは、メモ用紙に必要な材料が書いてあってそれが柱の裏に画鋲で留められていただけ。作り方そのものは書いていなかったな。材料は牛肉が10キロ、タマネギ、にんじん、ジャガイモ、コンソメ、ブイヨン、カレー粉、カレーフレーク、色づけのカラメル、ガーリックパウダー、後はジャム。

ジャムが肝心で、ロシア産のアプリコットのジャムを使っていた。上次さんのミスで仕入れたやつ。瓶詰だから腐ることはなかったけど、俺がROCKで働いていた3年間でも使い切ることはなかったぐらいに大量に仕入れてあったな。でも、上次さんのミスのおかげでROCKのカレーができたとも言える。ただ、人によってはROCKのカレーはカレーじゃないと言われることもあったな。

―そんなROCKのカレーを50年近く経ってもみんなが求めてくるのはすごいと思いますね。料理でも、流行の味があると思うんですが、そういうのに流されず、変わらないレシピ、変わらない味ですよね。

 おいしいから変える必要がない。普通のカレーだったら「ROCKのビーフカレー」って50年近くも言われないと思う。でも、おいしいから続いてきた。カレー自体は多分、他の人でもできる。ただ、それをやったら「ROCKのまねだ」って言われるかもしれない。

―それだけROCKのカレーの味が根付いて、長く愛されているんですよね。ROCKのカレーは1皿にサラダも一緒に提供されていますが、そのサラダにかかっているドレッシングを清水さんが考案されたと伺っていますが、どのようにしてドレッシングはできたんですか?

 サラダのドレッシングは、最初、ケチャップとマヨネーズを合わせたオーロラソースだったんです。だけど、それじゃなんかいまいちだったんだよね。それで、俺がいろいろ試行錯誤してみて、マヨネーズベースに、にんじんやタマネギ、ガーリックパウダーなどを合わせた。それでドレッシングが完成したんです。完成したドレッシングを、ROCKのスタッフみんなに味見してもらって、OKをもらってそれでこのドレッシングを使うようになったの。

―ROCKのカレーにすごく合うドレッシングですよね。このドレッシングがなければROCKのカレーは完成しないと思います。

 ドレッシングは人気で、当時は販売もしていましたね。

清水さんの手前に見える柱の裏にカレーのレシピが貼ってあったそう。

ROCKのメニュー

―当時の1番人気はやはりカレーでしたか?

 そうですね。カレーが1番人気で、次がホットサンド。厚切りトーストもよく出ていたかな。厚切りトーストは、今ほど分厚くなかったかな。半斤ぐらいだった。鉄板でじっくり焼き、レーズンバターとアプリコットのジャムを乗せていました。

―今の厚切りトーストは1斤ですね。厚切りトーストも長い歴史があるんですね。今はないのですが、ホットサンドはどんな中身だったんですか?他にはどんなメニューがありましたか?

 ホットサンドは2センチ位の太いソーセージ(ウインナーみたいな)とミートソース。とろけるチーズが入っていました。ワッフルが何種類かと、ハムトーストがありましたね。ワッフルはフルーツワッフルやアイスクリームワッフル、ロースハムワッフル、サラダワッフルがありました。基本的においしいものをいかに早く出すかを考えていましたね。

もう1度行ってみたいお店

―最後に、この先もROCKが続いていくために、今いるスタッフにこうであってほしい、大事にしてほしいこととかはありますか?

一言で言うなら「もう1度行ってみたい店」であってほしいですよね。忘れた頃に、ふと思い出して、「あ、ROCKのカレー食べたいよね」って思えるお店だね。

―それは言い換えると、先ほどのお話にあった「顧客を作る」、「リピーターを作る」というところにつながりますね。他にはありますか?

 大変難しいことですけど、働いている皆さんがいつも笑顔で接客してくれるといい。笑顔だとお客さんもいい気分になってくれるだろうし。忙しいとついつい顔に出ちゃうかもしれないけど、忙しくないふりをする。お客さんはそういうのを見ているからね。だから、忙しくしていてもお客さんに笑顔で接してほしい。お客さんあってのお店だからね。

ただ、私たちの頃のROCKと今のROCKは違うじゃないですか。どちらかと言うと、今の方が大変だと思う。私たちの頃は、何かすればお客さんに全部見える。お客さんに何かあればすぐに気づける。今のお店は席も多いし、2,3人で見ていないとすぐには気づかないかもしれない。だからお客さんはよく見ていたほうがいいね。

―そうなんですね。今日はお話ありがとうございました。

【編集後記】
第5回目は、清水勝に取材をした。またしても店長ではなかったが、ROCKのナンバー2として勤め、ROCKのカレーに欠かせないドレッシングを考案した話は興味深かった。また、リピーターを作るということは、お客さんを大切にすることと同義だと思う。人を喜ばせたい、人を大切にする舩木上次の人柄が昔から一貫して変わらないということがうかがえた。

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